働く人や顧客から愛される唯一無二の企業文化を構築し、維持することを第一の経営課題として考えている
「企業文化を経営戦略の中核に据える」と言ったのは、アメリカのネット通販会社ザッポスのCEO、トニー・シェイでした。今でこそさほど珍しいことではありませんが、2008年にはそれはアメリカのビジネス界に衝撃をもたらしました。
また、トニー・シェイはこうも言いました。「優れた企業文化を築けば、成果はあとからついてくる」と。これは、「企業文化はすべての企業活動の『基盤』である」という考え方を表しています。ピーター・ドラッカーの言葉といわれる「企業文化は戦略を食らう」も、同様な意味をもつものです。戦略を遂行するのは「人」。紙の上ではいかに優れた戦略でも、それを遂行する人が適正な価値観を持っていなければ、効果的な遂行はありえません。
米イノベーション・コンサルタントのスティーブ・バーカス氏は、世界的に有名な産業デザイン会社イデオの例を挙げ、企業文化の重要性について述べています。イデオ社には「ディープ・ダイヴ」と呼ばれる独自のデザイン・テクニックがあるのですが、以前にそれが全米ネットワークTVで紹介されて非常に話題になり、全米中のデザイン会社がそのテクニックを模倣し始めたことがありました。しかし、結果としてイデオのような知恵と思慮に溢れたデザインができた会社はごくわずかでした。なぜでしょう。それは、仮にテクニックや手順を完璧に学んだとしても、イデオの独創性や、柔軟性や、スピード感や、コラボレーションの精神の基盤となる「価値観」や「文化」がなければ、そのテクニックの効果を十分に発揮することはできないということなのです。
90年代の終わりから2000年代の初頭にかけて、「カスタマー・セントリック(顧客中心主義)」という言葉が盛んにもてはやされましたが、「顧客中心主義」を標語に掲げていても、それを実践できている企業はごくわずかでした。「顧客の視点でものを見る/考える」ということはどういうことか、その考え方の土台となる価値観を共有しようという会社は極めて少なかったからです。多くの会社が「うわべ」だけで、顧客サービスのマニュアルやルールを整備することで従業員の振る舞いを「顧客フレンドリー」に仕立て上げようと試みていました。しかしそれは、結果的には心のこもっていない、見せかけだけの対応になってしまいます。
かたやザッポスは、「最高のサービス」とはどんなサービスかをとことんまで突き詰めて考えた会社です。ザッポスは、ネット通販の会社でありながら、「最高のサービス」とは、「人と人とが感情的につながるサービス」であると定義しました。ネット通販のアドバンテージは「人を介さない」ことであると考え、多くの会社が顧客サービスの電話番号さえ公表しなかった時代に、これはまったく革命的なことでした。24時間営業、年中無休のコンタクト・センターと物流センター、一年間返品可のポリシー、送料無料サービスなど、サービスのインフラを整えつつも、それだけでは不十分であることをザッポスは心得ていたのです。「最高のサービス」の根底にある必要不可欠な要素、つまり「サービスを通してWOW(驚嘆)を届けよ」や「楽しさとちょっと変わったことをクリエイトせよ」などといった価値観(コア・バリュー)を基盤とした企業文化の構築に全力を注いだことが、ザッポスにとって絶対優位確立の決め手になりました。
また、ザッポスの秀逸性は、「顧客をひとりの人間として見る」「顧客の『個』を尊重するサービスを提供する」ためには、対顧客ばかりではなく、社内の人間関係にも「個の尊重」や「人間性の尊重」が実践されている企業文化を育む必要があることに目を向けたことです。「チーム精神・家族精神」や「謙虚さ」、「オープンかつ正直なコミュニケーション」などのコア・バリューをもってして、これが日々実践されているといえます。
ここでは、皆さんに馴染みの深い会社をということでザッポスの例をあげて説明しましたが、アメリカでは、多くのスモール・ジャイアンツ(小さくても偉大な会社)たちがヒエラルキーやルールで従業員を統制するのではなく、目的意識(コア・パーパス)の共有により結束の固い組織を築き、価値観(コア・バリュー)の共有を基盤に個々が自律して働ける人間性に富んだ企業文化を育むことに成功しています。